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日系人祭り

今日は日系人祭りというのに行ってきました。これは毎年行われているのですが、実は私はこれまで一度も行ったことがなかったのです。一応日本人のくせに、私は日本人社会との関わりがほとんど全くありません。日系公民館とか老人ホームとか、仏教会、各種教会、日本語学校その他、様々な活動がありますし、日本語の新聞なども幾つも出ています。でも、どの活動にも参加していないし、日本語新聞を読むことも滅多にありません。しかしロシア人の公民館には足繁く出入りし、ロシア系カナダ人連盟の役員会なんかにもなぜか参加したりするし、ロシア人コミュニティーの広報も毎月家に届いたりするのです。別に日本人と関わりたくないわけでもないのですが、なぜかロシア人に囲まれているのが居心地がいいのです。

今日のお祭りも別に行くつもりはなかったのですが、暇を持て余していたときにお友達の美奈子ちゃんが「今から行かへん?」と声をかけてくれたので、じゃあ、と思って行ってきました。

お祭りの場所はこちら、バンクーバーでも最悪のエリアにあるオッペンハイマー公園です。いかにも縁起の悪い名前ですね。何の因縁か、と思いますが、これは別に原爆の父として知られたオッペンハイマー博士とは関係なく、その昔のバンクーバー市長オッペンハイマー氏の名前に由来するものだと思います。浮浪者と麻薬と泥酔者と売春婦と、その他いろんな類似のものの集積地となっている公園です。

なんで日系人のお祭りがよりによってそこで開かれるのかというと、それはかつてこの辺りが日本人街だったからです。戦前の話です。当時、すでにカナダ生まれの日系人が多く定住していました。つまり彼らはちゃんとカナダの市民権を持ったれっきとしたカナダ人だったのですが、戦争が始まると敵国日本の出身者およびその関係者ということで、日系カナダ人は強制収容されました。カナダは結構強制収容が好きな国なのです。ネイティブインディアンにもやったし、デューカボルの人たちにもやったし、日本以外の同盟国の人々に対しても一部で行われました。

そういう事例は別の機会に譲るとして、日系人に対してはかなり徹底した方策が取られました。予告も無く収容して一時収容所に入れたり、それからもっと内陸の僻地に移動させたりしました。仕事に行って、職場で拘束されてそのまま家に帰れなかった人もいます。収容期間は長い人では7年くらいに及んだそうです。戦後長いこと帰れなかった人もいたのです。もちろん、収容所での暮らしは下にも置かぬような扱いの反対でした。寒かった、寒かった、という感想を何度も聞きました。

帰ってきても、彼らのほとんどには帰る場所がありませんでした。持っていたはずの財産も消えていました。カナダ政府は彼らの財産を強制撤収しました。日系人が集まって住んでいたエリアでは、建物は格安で売りに出され、スラム化が始まりました。日本人街だった頃は市内でも特別に治安が良くて清潔だったことで知られていた町並みは、見る影も無い有様になり始めていました。その後、80年代にはこのエリアの近くで万博が行われました。政府はその際に開催地にあった雑居ビルや安アパートなどを取り壊し、補填をせずに住人を追い出しました。彼らの行き先が近くて安い貧民街だったのは自然な流れと言えます。こうしてかつての日本人街はスラムとしての位置づけが決定的になりました。

お祭りの前には大々的に公園の掃除が行われるそうですが、日頃の様子を見知っている私としては、どうも芝生に座る気になれません。ごめんなさい。。。
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おお、やってます、やってます。お神輿でしょうか。どうも全然覇気がないですけど、まあ、ここではこんなものでしょう。
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ささやかなお神輿の上に乗っているのはお姉さん二人。ほとんど何の動きもない非常に地味なお神輿担ぎが終わった後は、お姉さんたちの代わりにおじさんが乗って「日本人、ばんざーい!」と叫びました。びっくりしました。小さい頃はずっと地元の天満宮のお神輿を引いていたのを思い出します。大きなお神輿を担ぐのはたくましい大人の男の人たちの役目でした。上に乗るのも必ず男の人だったように思います。お祭り好きな祖父は必ず上に乗って、一番前の中央で音頭を取っていることもありました。彼も若い頃は担いでいたのでしょう。大きなお神輿が辻で大揺れをするときや猛スピードで走るときなどは、ほんとに地面が揺れるほどに力強くて怖かったものです。バケツでぶっかけられる井戸水の冷たさと痛みを今でも思い出せそうなくらいです。私の地元の地区のお神輿は、鉄道の街にちなんだ真っ黒い蒸気機関車でした。子供の頃は何とも思いませんでしたが、今思えばこれはかなり斬新で非伝統的なモチーフですね。

バンクーバーのお神輿にはそういう力強さの片鱗もありませんが、そういうものはそもそも海外で期待すべきではありません。懐かしい記憶を呼び覚ますきっかけとなってくれたことを感謝して帰りました。
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こっちでは笛太鼓が楽を奏でています。近くで聞くとキーンと耳に突き刺さります。
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これはお宮でしょうか。
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by ammolitering3 | 2010-08-01 13:17
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